電光掲示板に最寄りの駅名が浮かび上がった。
うとうとしていた私は飛び上がるように電車を降りると、いつものように改札へと続く階段を目指す。
ふと、フェンスの向こう側から漏れる光が目に入った。
ラーメン屋の看板だった。
ラーメンは食べないようにしていた。彼の大好物だったからだ。
何も見なかったことにしよう。
改札を出たあと、そのまま看板の前を通り過ぎようとした。
ぐぅ。ぐぉぉきゅぅ~
すごい音が鳴った。お腹からだ。
私の固い意志を底から叩き割るように、本能がよだれを垂らしている。
看板と目が合った。
真横にあるドアは半分開いており、中からにんにくと中華の匂いがぷんぷん漂ってくる。
隙間からは自動券売機が顔をのぞかせている。
券売機に掲載されている写真には、濃厚濁り拉麺の上に味玉2つの海苔がトッピングされ、厚めのチャーシューが4枚も乗っている。
酷い拷問だ。
悩もうとする私をよそに、身体はお財布から抜き取った野口さんを券売機に投入していた。
広い店内には一組しか客がおらず、閑散としていた。
中央に設置されたテレビからはアクションシーンをこなす名探偵の声が響いている。
どこに座っても良いと言われたので、一番奥のソファ席を陣取り荷物を置いた。
造りは古いようだが、調味料の配置は丁寧で机も綺麗に拭かれている。
店主の魂は細かい配慮に宿るらしい。
自分なりに部屋の掃除はしていたつもりだけれど、
プロの仕事を前にすると、あんな部屋に招待するべきではなかったな、なんて卑屈な考えが浮かんだ。
「オマタセシマシター ドウゾー」
白い歯が光る店員さんが、店名物の鳥白湯のラーメンを目の前に置いてくれた。
見たところ濁りが強く、一瞬家系ラーメンのようにも見える。
ラーメンは何でもおいしいけど、特に家系が好きだと言った彼の声が聞こえた気がした。
“いただきます”
息を吐くように挨拶を済ませると、両手で挟んでいた割り箸を二つに割り、左手に構えた蓮華でスープを一口飲んでみた。
見た目ほどの濃厚さはなく、味はしっかりあるものの後味はっさっぱりしている。
続いて麺を食べる。ようやく割り箸の出番だ。
細麺に鳥白湯の味がしっかり絡んでいて、濃厚なのにやはり後味はさっぱりでとても美味しかった。
器の半分ほどまで到達したあたりで、店員さんが付け合わせに用意してくれた小瓶を開けてみた。
中身は辛子だった。せっかくなので味変を試してみたが、これもまた美味しい。
続いて隣りの小瓶を開けてみた。中身は刻みにんにくだった。
一瞬、にんにく食べてもいい?と聞きそうになった。
隣りには誰もいない。
口臭を気にして、食の許可を取る必要なんてないのに。
少し迷った挙句、致死量とも言えるにんにくを投入してやった。
もともとにんにくは大好物なのだ。
にんにくが溶けた鳥白湯は、思った通り滅茶苦茶に美味しかった。
美味しすぎて、気付けば目の縁に水分が溜まっていた。
大好きなにんにくを食べて良いか聞く瞬間が好きだったのに。
一緒に臭くなろうと笑って、でも少し控えめに食べる時間が愛おしかったのに。
気付けばスープを飲み干して器は空になっていた。
口の中には刻みにんにくの触感が生々しく残っている。
ほのかに残る鳥白湯の後味と中和して、ラーメンを食べたという満足感に包まれた。
今日もラーメンが最高にうまい!
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